マツダスタジアム(*1)(広島市民球場)

環境デザイン研究所 2009

#1:バックネット方向が一応ファサードということになるだろうが、メインゲートはここではなく三塁側に設けられている。

プロ野球団広島東洋カープの本拠地球場。広島駅近くの貨物ヤード跡地(*2)に建つ。完成に至るまでの地元メディアの報じ方は尋常ではなく、設計から施工の過程までこれほど注目された施設は近年に類を見ない。1994年のアジア大会にあわせた一連の建築活動(ビッグアーチ、Aシティ、アストラムライン、基町クレド、プリンスホテル…など)以来20年間で最大の注目と期待を集めた施設となった。

オープンエア・天然芝の専用野球場となった幸運

#2:このゲートブリッジ下がメインゲートにあたる。球場の外周部には「コンコース」と呼ばれる通路が設けられている。旧球場と比べて観客の自由度は格段に向上しており、コンコースを一周することも可能だ。

完成してしまうと忘れそうになるが、ここに至るまでの道のりは決してスムーズではなかった。貨物ヤード跡地を先行取得した広島市が財政危機に陥り、建設予算が極めて厳しい中で計画は迷走、設計者選定も二転三転した。
だが、結果論ではあるけども、この過程で地元経済界が求めていたドーム球場がご破算となり、オープンエアの専用野球場となったのは幸運だった。ドームを諦めることで、変な色気を出すことなく、「青空の下、天然芝で野球本来の楽しさを体現するアメリカ風ボールパーク」という明確なコンセプトを固めることができたためだ。
ちなみに、プロ球団の本拠地で内野天然芝を備えているのはこことスカイマークスタジアム(神戸)のみである。

適度な作家性による「楽しい建築」

#3:座席は旧球場に比べ圧倒的に広く、勾配もゆるやかになった。ポール際の観客席から突き出ているのは下階の「スポーツバー」にあるバットのオブジェの先端部。

設計を担当したのは環境デザイン研究所。代表の仙田満は、東京工業大学のプロフェッサーアーキテクトとして子供の遊び場環境等の研究をライフワークとしている建築家であり、「ユーザー目線」を重視しつつ、コミュニケーションを促進する環境デザインを指向している。
球場のように公共性が高く、またユーザー間のコミュニケーション(観客と選手、観客同士)の促進が求められる建築には作家性と実用性のバランスが肝要となるが、それが見事に果たされている印象を受けた。つまり、アトリエ系事務所が陥りがちな「ぶっとんだ使いにくいデザイン(=作家性強すぎ)」ではなく、かといってゼネコン設計部のような「普通に使えるけど無難で面白みのないデザイン(=実用性強すぎ)」でもない、「普通のだけど使いやすくて遊び心もあるデザイン」だ。
結果として、こういう「楽しい建築」が超ローコストで実現したのだから、関係者の頑張りには最大級の賛辞を送るべきだろう。

では、実際に球場内を巡ってみよう。試合の無い日には見学ツアー(予約制。参加費千円)が行われているので、さっそく予約して行ってきた。

コミュニケーションを促進する建築

#4:内野砂かぶり席(手前)から三塁側ダグアウト(ベンチ)を見る。幕の向こうがダグアウト。見ての通りごく近くにあり、まさに選手と同じ目線で野球観戦できる。

最近は各地の球場でフィールドに近い席を増設して人気を博しているが、この球場では当初から観客と選手との距離を縮め、コミュニケーションを図ることを意図して設計されているため、「砂かぶり席」などの見やすさ、臨場感の演出も万全で(写真#4)、砂かぶり席の観客と選手がハイタッチすることもできる(テレビ中継を見ると実際にやっていた)。こういった密なコミュニケーションは旧球場では物理的に難しかった。
また、敷地の都合から、レフト側外野は席が少なく大開口部があるのだが(写真#13)、このハンデを逆手にとって「ビジターパフォーマンス席」(ビジターのサポーターしか入れない席で、鳴り物での応援が可能)を内野側に移動させてカープパフォーマンス席と正対させた結果、応援合戦というコミュニケーションの演出になっている。また、開口部を通して近くを走る新幹線の乗客とのコミュニケーションも期待できる。 (この開口部は天然芝の生育に必要な通風確保にも役立っている)

#13:(1)一塁側ダグアウト (2)内野砂かぶり席 (3)ゲートブリッジ (4)ビジターパフォーマンス席 (5)外野席も目線が低い (6)外野の大開口部の向こうには新幹線











コスト削減の跡

#14:コンコースの様子。コンコースより下はRCで上部構造物はPCa。確かにコストカットの跡は見られるが、決して破綻はしていない。

#15

コストと工期を切り詰めるため、コンコースより上の観客席はPCa(プレキャスト)になっている。簡単に言うと、RC(鉄筋コンクリート)が現場で組み上げた型枠の中にコンクリートを流し込んで固めるのに対し、PCaは工場で製作されたコンクリート部材を現場で組み立てる。こうすることで、コンクリートの品質管理が容易になるほか、コンコースより下のコンクリートが固まってから上部の型枠を組んで…といった手間を省くことができ(=工期短縮)、さらに同じ部材を多く使えば量産効果でコスト削減につながる。こういったスタジアム設計ではよく使われる手法だ。 ただ、野球場は不整形で、しかも多様な観客席を確保するとなると、サッカー場(完全に同じパターンの部材でぐるりと囲むことが可能)ほどのコストダウンは期待しにくい気がする。正直、これほど複雑な形状でよくコストを抑えたな~と思う。

やはり改修ではなく新築が正解だった

#16:広島駅方面からのメイン動線として大スロープが設けられている。このスロープの先端にメインゲート(写真#3)がある。

新球場は旧球場と収容人数は変わらないが、面積は倍以上となっている。多彩でゆとりのある座席、周回できるコンコース、トイレ施設や車いす対応席の増設、(さらに言うならば、ホームランを減らしカープ投手陣の負担を軽減させるフィールドの拡大も)…等々、求められる諸機能を実現するにはこれだけの大きさが必要で、それは旧球場の改修では不可能だった。旧球場は、古い故に味わいはあったが、建築作品として残すべき優れた作家性があるとまでは言えない。私も「古い建物は残せ」的な主張をすることが多いけども、この件については新築という選択がやはり正解だった。

市民球団による真のボールパークの実現を目指して

テレビ視聴率の低迷や、セパ交流戦実施により(巨人戦の数が減るため)、放映権収入の減少が深刻化している。広島カープは日本で唯一親会社を持たない市民球団であるため、貧乏球団ながら赤字を出すことは許されず、放映権収入の減少分を入場料やグッズ収入の増額で補わねばならない。ただ、企業の論理に縛られないが故に、市民のための真のボールパークを目指せるとも言える。
その認識は当の球団も持っており、まずカープが指定管理者になることで市営球場ながら柔軟な運営を可能としているほか、商品開発・広告・イベント等において攻めの経営を展開しようとしている。